サラリーマン、月1タイムリープ中|第5話:震えるコブシ

オフィス内で怒りを抑えた表情を見せる中年男性・田中進次郎 小説・創作

昔は《キレる若者》なんて報道があった。我慢が出来ず他者に対して暴言や暴力を振るう若者が増えている。とワイドショーで繰り返し放送されていた。そういうものなのかなと思っていたが、最近は《キレる中年・老人》の方が多いように感じる。

特に運転。到底安全とは言えない車の動き。無理な割り込み、急加速、急ブレーキ。そして詰め寄り、罵声、時には暴力。よくもまぁ「最近の若者は…」なんて言えたもんだ。

自慢ではないが、私はほとんど怒らない。理不尽を感じることはあっても、感情をぶつけることはない。ただ、一度も無かったわけではない。学生時代には喧嘩も何度かした。

私の育ちは九州の片田舎。山を2つ越えて学校へ通うのが日常だった。村中が知り合いという土地柄で、のどかだが、時にぶつかり合いもある。田舎の喧嘩は早い。都会のように威嚇しあうように顔を近づけ、睨みあい、罵りあい、自らは手を出さずに互いの出方を窺うような事はしない。一言二言交わしたら、すぐに拳が出る。そして、殴り合ったあとにはケロッとして仲直りしていた。あのスピードと潔さは、今でも嫌いじゃない。

6月、雨。梅雨のじめじめとした空気に加えて、うちの支店に新しい上司がやってきた。本社からの左遷組だという噂だった。売上不振の立て直しという名目で送り込まれたその男は、挨拶代わりに社員を叱責する。

何年この仕事やってんだ?」「信じられないよ、キミ

嫌味に満ちた口調。後輩の山下は我慢が効かず、返事をしながらも視線で睨み返していた。

くそ、ハゲ野郎!次、嫌がらせしてきたら、ぶっ飛ばしてやるっすよ…

昼休み、彼はそう言って拳を握った。「ねぇ、シンさんもそう思うでしょ?」と私に振られて、曖昧に笑った。

午後、オフィスで事件が起きた。

こんな簡単な文章でミスタイプ? 何年やってんの?

標的は新入社員の女性だった。たどたどしく謝る彼女に、例の上司は容赦なく言葉を重ねる。

年数なんて関係ないよ。こんなの社会人失格だね

それだけでは終わらなかった。

任せたヤツも悪い。なぁ、山下くん

明らかに挑発するような口ぶりだった。山下が立ち上がった。

俺に言ってんすか?

態度が悪い。不良か? 上司にたてつく? それでカッコつけてるつもりか?

そして、私の方へ向き直った。

キミも同罪だよ。こんな人間が部下だなんて、教育がなってない

山下が遮った。「シンさんは関係ないでしょうが!

上司は鼻で笑った。

シンさん? 上司に『さん』付け? クズだな

……気づけば、私は立ち上がっていた。身体が勝手に動いた。

何だね? 格好つけたって、何も言えないんだろ? 高卒? 中卒か?

その言葉の直後だった。

せからしかったい、きさん。ぶちくらすぞ、このハゲがっ!

拳が先に出た。九州男児にとっては、それが自然な流れだった。

ゴンッという鈍い音と共に、上司の体が宙を舞い、デスクの上に崩れ落ちた。

キャー!」「うわーっ!

オフィスは騒然となった。山下が青い顔で言った。

マズいっすよ、シンさん…でも、スカっとしました

いや、マズい。これは本当にマズい。クビ案件。間違いなく。

この歳で暴力沙汰?家族に、妻に、どう説明すれば?

まさか、本当に警備員の求人誌が必要になろうとは・・・。

私は強く目を閉じ、心の中で叫んだ。

戻れ……頼む、今すぐ戻れ

目を開ける。

「……中卒か? ハハハ!

同じセリフが、耳に飛び込んできた。

戻った。成功だ。

今回は、ギリギリだった。もし戻っていなかったら……ゾッとする。

上司は嘲るような笑みを浮かべ、書類を投げつけて席に戻った。

山下がそっと近寄る。「シンさん、すんません。巻き込んじまって

私は右手を見つめ、『能力』のおかげで事件にならなかった事に深く感謝していた。

まったくあのハゲ野郎め。あれ?大丈夫っすか? 右手、なんか痛めました?

山下が心配そうに聞く。

私は微笑んだ。

いや、大丈夫。でもな、山下

彼の目をまっすぐ見て言った。

ハゲは、言い過ぎだ。人の容姿をバカにしちゃいけない

山下はシュンとしながら、「すんません。でも、ムカつかないんすか?

平気だよ

震える右手に気づかれないように、私はゆっくりと親指を立てた。

しかし、まぁ……

『人の容姿をバカにするな』なんて、良く言えたもんだな、俺も。

恥ずかしさと、ほんの少しの誇らしさを胸に、デスクに戻った。

次回予告 夏の暑さに苦しむ進次郎。そんな中、能力の新しい使い方を思いつく・・・

第6話 『真夏の屋根

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