せっかく手に入れた“時を戻す力”。
だが、いざ使おうとすると――タイミングが難しい。
過去に戻れたらと思ったことは何度もある。
仕事のミス、余計なひと言、危険だと分かっていた判断……。
小さな後悔も含めれば、数え切れない。
だがこの力、月に1回しか使えないという制約がある。
たとえば、月末にトラブルが起きたなら迷わず使える。
でも、月初ならどうか?
「本当に今でいいのか? もっと重要な場面が来るかもしれない」
そう考えてしまい、悩んでいるうちに月が終わる。
結局、なんとなく消化するように使ってしまい、モヤモヤだけが残る。
「せめて月に2回……」
誰に頼めばいいのか分からないが、そんな愚痴も出る。
ゴールデンウィーク中。
テレビでは大型連休を楽しむ人たちの映像が流れていた。
我が家はもちろん、カレンダー通りの休み。
息子を遊びに連れて行くといっても、近所の公園が限界だ。
それでも息子は喜んでくれる。
鬼ごっこにかくれんぼ、2人で何度も遊んだ。
6回目の鬼ごっこを終えてベンチで休んでいたとき、息子が泣いた。
ブランコから飛び降りようとして転んだらしい。膝から血が出ている。
大したケガではない。
だが、妻の怒りポイントとしては致命傷だ。
実は連休明け、久しぶりに友人たちとの飲み会が控えていた。
そのためには妻の機嫌を損ねるわけにはいかない。
私は迷った。
この程度のことで、使うべきなのか? でも今月は始まったばかり。
それでも決断した。
目を閉じて念じると――
「お父さん、鬼ごっこしよう!」
戻った。少し前に。
再び全力で走り回ること数回。
今度はベンチに座らず、ブランコへ向かう息子についていった。
息子はケガをせず、遊びを終えた。
妻も上機嫌。私は“ご機嫌ポイント”を維持できた。
しかし・・・
飲み会で気が緩み、私はつい飲み過ぎた。
翌朝、ピクニックの予定だったが、二日酔いで寝坊。
体調も最悪で、結局お出かけは中止。
当然、妻の怒りが爆発。
「当分、お酒禁止。おこづかいも減らすからね」
何も言えない。
節約生活の始まりだ。
その日の午後、近所の公園に行った。
私は体調不良でベンチに座ったまま、息子は元気に遊んでいた。
しばらくして転倒。手と足に擦り傷をつくって泣いている。
妻は手当てをしながら笑って言った。
「男の子がこれくらいで泣かないの!」
そして、私に向かってニコリ。
「男の子の怪我なんて当たり前よね」
……え、そうなの?
あれは怒らないんだ?
改めて、彼女の基準が分からなくなった。
ただ、今回で一つだけハッキリしたことがある。
能力を使うべきだったのは――飲む前だった。
「どうか、この能力の回数、増やしてください」
空を見上げ、誰に届くとも分からぬ祈りを捧げた。
【次回予告】
感情を押し殺してきた男が、ついに限界を超える。
第五話|震えるコブシ
【エピローグ】
雨の日。現場作業は休みでも、事務所での仕事はある。
苦手なパソコン業務。太い指でキーボードを叩く。
隣では後輩・山下が高速タイピングをしながら新人と雑談している。
ふと、耳に入った。
「これ、二日酔いに効くらしいっスよ。YouTuberが宣伝してます」
「へぇ、顆粒タイプか……有名な人だな」
山下は苦笑して言った。
「でも、俺こういうの、あんまり効いた試しないんだよね」
(分かるよ、山下。俺もそうだった)
でも、あれ以来、私はしじみの味噌汁を毎日飲んでいる。
本当に効くかは分からない。
でも、少しだけ気持ちが落ち着く。
昼休み。ポットから湯を注ぎ、引き出しのしじみ味噌汁を開ける。
湯気の向こうに、雨ににじんだ窓。
私は、静かに一口すすった。
第五話|震えるコブシ
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