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サラリーマン、月1タイムリープ中|第8話:父親参観とイメチェンと

思い切ってイメチェンした田中進次郎 小説・創作
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9月に入っても、残暑は容赦なく続いていた。 それでも、7月や8月の頃に比べると、どこか空気が柔らかくなったように感じる。朝晩の風も、少しずつ秋の匂いが混じるようになってきた。

私はというと、いつも通りの現場仕事をこなしていた。暑さでへばることも少なくなり、ようやく体もこの季節に順応してきた気がする。

そんな中、健太郎の小学校で「父親参観」があるという話が持ち上がった。 今年は、学校の創立100周年にあたる節目の年だそうで、地元テレビ局の取材が入るという。

「テレビに映るかもよ」と妻が冗談めかして言う。 「だから、ちょっとは身だしなみを気にしなさいよ」

それだけなら軽く受け流していたかもしれない。 だが、健太郎までこう言ってきた。

「お父さん、去年の参観日さ、ちょっとだけ恥ずかしかった」

「え?なんで?」

「だってさ、他の子のお父さん、スーツとか、シャツとかピシッとしてたし……髪とかヒゲもちゃんとしてたし……」

健太郎は言いにくそうに、でもハッキリと伝えてきた。 胸にチクリと刺さる。

私はずっと、見た目なんてどうでもいいと思っていた。 現場で汗をかいて働き、家では家族と過ごす。 それで十分だと。

だが、テレビが来る。子どもが恥ずかしい思いをしている。そう思うと、少し気持ちが揺れた。

「じゃあ、ちょっと変えてみようかな」

そう口にした私は、後日、美容室に足を運んだ。

ここは、妻にすすめられたメンズ専門のサロンだ。 清潔感のある店内。若い美容師。シャンプー台もリクライニング式で、なにからなにまで私の知っている床屋とは別世界だった。

「思いきって、若返らせてください」

そう伝えると、美容師はニコッと笑ってうなずいた。

ヘアカット、眉毛の整え、顔のパック、スキンケア……。 気づけば私は、まるで雑誌のモデルのような姿になっていた。

「すごい…」 鏡に映る自分に、思わず言葉が漏れた。

ただ、どうにも落ち着かない。

店を出て、街のショーウィンドウに映る自分を見ても、どこか違和感があった。 それが「似合っていない」ということなのか、「変化に慣れていない」ということなのか、うまく言葉にできなかった。

帰り道、私は足を止めた。

(……やっぱり、やめようかな)

その瞬間、私は目を閉じ、強く念じた。

(戻れ)

……視界がふわりと揺れ、気づけば、まだ美容室に行く前の時間に戻っていた。

あの能力だ。 月に一度だけ、過去に戻れる力。

私は、美容室へ行くのをやめ、代わりにいつものドラッグストアで白髪染めを買った。 自宅で染め直し、髪型も無理に変えず、髭を少し整えただけの「ささやかなイメチェン」で済ませることにした。

迎えた父親参観日。

健太郎はニコニコと笑って手を振ってくれた。 妻も、「ちょうどいいわよ、それくらいが」と笑った。

教室での授業、子どもたちの発表、そして教室の外で待機する私たち保護者。 その中で、テレビ局のインタビューが数人の父兄に向けて行われていた。

「今回の参観、どうですか?」

「お子さんの発表、どう感じましたか?」

マイクを向けるのは、地元でちょっとした人気の女子アナウンサー。

笑顔で応えるスーツ姿の父親を見ながら、私は少しだけ思った。

(……やっぱり、もうちょっと頑張ってもよかったかな)

そう思った瞬間、ふわりと、軽い目眩がした。

「お父さん、大丈夫?」

「うん、大丈夫。ちょっと立ちくらみ」

何ともないように振る舞ったが、心の中には妙な違和感が残った。

(今のは……何だったんだ?)

それでも参観日は無事に終わり、家族で帰路についた。 秋の空には、どこか静かな気配が漂っていた。

次回予告 第9話『ヒーローと呼ばれたい』 5月24日公開予定

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