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サラリーマン、月1タイムリープ中|第9話:ヒーローと呼ばれなくても

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眩暈に苦しむ田中進次郎と心配そうに見る健太郎 小説・創作
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10月の空はどこか澄んでいて、夏の名残を感じる日差しと、ほんの少しだけ肌寒い風が交差していた。

最近、私はある思いを抱えていた。

“この力、もっとちゃんと使うべきなんじゃないか?”

月に一度だけ、過去をやり直せるという不思議な力。 これまで、駄洒落をなかったことにしたり、パワハラ上司に一発かましてリセットしたり、兄の競馬にこっそり使ったりと、結局は自分のためにしか使っていなかった。

(もっと人の役に立てる使い道があるはずだ)

そんな気持ちが高まった私は、身の回りの人間に“困ってること”がないか尋ねて回った。

「何か困ってることない?」

妻には買い物を頼まれ、山下には恋愛相談を持ちかけられ、兄からは「お前も競馬やれよ、儲かるぞ」などと言われた。

(……いや、そうじゃないんだ)

もっと、“誰かを助ける”ような使い方をしたかった。

その思いは募るばかりだったが、どうにも答えが見つからないまま、私は休日に健太郎と散歩へ出かけた。

秋晴れの下、近所の商店街を歩いていると、ある少年の姿が目に入った。

小柄で、フードを目深にかぶっている。落ち着きなく周囲を見回し、何かを探っているような挙動だった。

(なんか、怪しいな……)

そう思いながらも、特に声をかけることもなく、そのまま見ていた。

すると次の瞬間、少年が突然走り出し、前を歩いていた老人のバッグをひったくった。

「危ない!」

老人はその拍子に転倒し、地面に手をついて倒れ込んだ。周囲は騒然となり、少年はそのまま人混みの中へ姿を消した。

私はすぐさま決断した。

(使おう。今だ)

目を閉じ、強く念じる。

(戻れ……!)

視界がふっと暗転し、再び明るくなると、私は数分前の場所に立っていた。

隣には健太郎。

「お父さん、どうしたの?」

「ちょっと待ってて。あそこのベンチで座っててくれるか」

「うん、わかった」

私は健太郎をベンチに残し、さきほどの少年の元へ向かった。

事件が起きる直前――少年の顔はやはり、何かを決意したような険しさを帯びていた。

「おい、ちょっといいか」

声をかけると、少年はこちらを見た。

「なに? あんた誰だよ」

「悪いことは言わない。バカな真似はやめとけ」

「は? 何のことだよ。てか、うぜーんだよ、オッサン」

少年は吐き捨てるように言い、舌打ちしながらその場を離れていった。

(……よし)

事件は、未然に防がれた。

誰にも気づかれず、感謝されることもない。

けれど私は、心の底から満足感を覚えていた。

ベンチに戻ると、健太郎が小さな手を振っていた。

「おかえりー!」

「ただいま」

ふたりで並んで歩く帰り道。

その途中で、ふいに視界が揺れた。

(……あれ?)

立ち止まり、軽い眩暈に目を細める。

「お父さん、大丈夫?」

「うん、大丈夫。ちょっと立ちくらみかな」

健太郎を安心させるように笑ってみせたが――

心の中では、確かな異変を感じていた。

(おかしい……回を追うごとに、症状が強くなっている)

風が吹き抜ける中、私は自分の足取りの重さに戸惑いながら、秋の街を歩いた。

次回予告 誰かのためになる能力の使い方を模索する進次郎 

第10話 『山下の恋』

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