10月の空はどこか澄んでいて、夏の名残を感じる日差しと、ほんの少しだけ肌寒い風が交差していた。
最近、私はある思いを抱えていた。
“この力、もっとちゃんと使うべきなんじゃないか?”
月に一度だけ、過去をやり直せるという不思議な力。 これまで、駄洒落をなかったことにしたり、パワハラ上司に一発かましてリセットしたり、兄の競馬にこっそり使ったりと、結局は自分のためにしか使っていなかった。
(もっと人の役に立てる使い道があるはずだ)
そんな気持ちが高まった私は、身の回りの人間に“困ってること”がないか尋ねて回った。
「何か困ってることない?」
妻には買い物を頼まれ、山下には恋愛相談を持ちかけられ、兄からは「お前も競馬やれよ、儲かるぞ」などと言われた。
(……いや、そうじゃないんだ)
もっと、“誰かを助ける”ような使い方をしたかった。
その思いは募るばかりだったが、どうにも答えが見つからないまま、私は休日に健太郎と散歩へ出かけた。
秋晴れの下、近所の商店街を歩いていると、ある少年の姿が目に入った。
小柄で、フードを目深にかぶっている。落ち着きなく周囲を見回し、何かを探っているような挙動だった。
(なんか、怪しいな……)
そう思いながらも、特に声をかけることもなく、そのまま見ていた。
すると次の瞬間、少年が突然走り出し、前を歩いていた老人のバッグをひったくった。
「危ない!」
老人はその拍子に転倒し、地面に手をついて倒れ込んだ。周囲は騒然となり、少年はそのまま人混みの中へ姿を消した。
私はすぐさま決断した。
(使おう。今だ)
目を閉じ、強く念じる。
(戻れ……!)
視界がふっと暗転し、再び明るくなると、私は数分前の場所に立っていた。
隣には健太郎。
「お父さん、どうしたの?」
「ちょっと待ってて。あそこのベンチで座っててくれるか」
「うん、わかった」
私は健太郎をベンチに残し、さきほどの少年の元へ向かった。
事件が起きる直前――少年の顔はやはり、何かを決意したような険しさを帯びていた。
「おい、ちょっといいか」
声をかけると、少年はこちらを見た。
「なに? あんた誰だよ」
「悪いことは言わない。バカな真似はやめとけ」
「は? 何のことだよ。てか、うぜーんだよ、オッサン」
少年は吐き捨てるように言い、舌打ちしながらその場を離れていった。
(……よし)
事件は、未然に防がれた。
誰にも気づかれず、感謝されることもない。
けれど私は、心の底から満足感を覚えていた。
ベンチに戻ると、健太郎が小さな手を振っていた。
「おかえりー!」
「ただいま」
ふたりで並んで歩く帰り道。
その途中で、ふいに視界が揺れた。
(……あれ?)
立ち止まり、軽い眩暈に目を細める。
「お父さん、大丈夫?」
「うん、大丈夫。ちょっと立ちくらみかな」
健太郎を安心させるように笑ってみせたが――
心の中では、確かな異変を感じていた。
(おかしい……回を追うごとに、症状が強くなっている)
風が吹き抜ける中、私は自分の足取りの重さに戸惑いながら、秋の街を歩いた。
次回予告 誰かのためになる能力の使い方を模索する進次郎
第10話 『山下の恋』
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