山下のバイクは、まさに風を切るように走った。
「信号、無視すんなよ!」
「してません! してないっすけど……ギリギリは攻めます!」
風圧で目を開けるのも難しい中、私はヘルメットの中で必死に祈っていた。どうか間に合ってくれ、と。どうか、助けさせてくれ、と。
あと何分で発車する?
あと何秒で、あの車両は――。
「到着まで、あと5分ってとこっす!」
山下の声がヘルメット越しに飛んでくる。
駅まではあと数キロ。渋滞の車列をすり抜け、法定ギリギリを超えた速度で、バイクは市街地を駆け抜けていく。
そして――ようやく、駅のロータリー前。
「ここで降りてください! 俺たちはバイク置いて後で行きます!」
「助かった、山下!ありがとう!」
私はバイクから飛び降りるようにして、駅構内へ走り出した。
大きなスーツケースを転がす観光客、弁当を持ったビジネスマンたちの間を縫いながら、私は全力でコンコースを駆けた。
アナウンスが耳に届く。
《まもなく〇〇発、東京行きの新幹線が発車いたします》
(間に合え……間に合ってくれ……!)
ホームへの改札を強引に突破し、階段を駆け上がる。
構内には駅員たちがざわめきながら無線で何かを連絡している。
私はホームに飛び出し、すでに乗車を終え、ドアが閉まりかけている新幹線を目にした。
「待てっ……!!」
間一髪、私は一番後ろの車両に滑り込むように乗り込んだ。
「お客様! なにを……!」
駅員の制止を無視して、私は車内を走った。
(どこだ……どこに乗ってる……!?)
自由席か、指定席か。車両番号すらわからない。節約家の妻なら自由席かも……いや、子連れなら指定席か?
パニック寸前の思考のなか、私は運転席のある先頭車両へ向かった。
「止めろ……お願いだ、止めてくれ!」
運転室前のインターホンに向かって叫ぶ。
「危険だ! この新幹線、車輪に異常がある! 出発させちゃいけない!」
応答はなかった。
後方から駅員たちが追いかけてくるのが分かる。
私はインターホンを叩いた。
「事故が起きる! 死ぬ人が出るんだ……!」
すると、運転士らしき男がドア越しに顔を出した。
「お客様、おやめください。点検はすでに済んでいます。ご退車を――」
「点検じゃ分からないんだ! 内部の金属疲労が……! 走らせたら脱線する! 信じてくれ……!」
「根拠は?」
私は答えられなかった。
「もうすぐ警察を呼びますよ。今すぐ降りなさい」
ドアが閉まりかける。
私は咄嗟に腕を伸ばし――
ガンッ。
ドアが止まった。運転士の肩を掴み、もう一度叫ぶ。
「止めろって言ってんだろ!!」
その瞬間。
「やめろ!!」という叫びとともに、駅員が飛び込んできた。
私は引き剥がされ、ホームへと引きずり出された。
「暴行だ!」「警察を!」
「違う……俺は……!」
制止しようとする私の腕が押さえつけられ、背中に強い衝撃。
「ぐっ……!」
「もう出発できません! 念のため全車両点検を!」
構内に響いた駅員の叫びが、かすかに耳に入った。
だが、私はもうそれどころではなかった。
頭が、ズキンと痛んだ。
視界が歪む。世界が傾く。
(あぁ……やばい……今回は……本当に……)
次の瞬間、世界は真っ白になった。
気がついたとき、そこは病院のようだった。
ぼやける視界の中で、天井のライトが滲んでいた。
誰かの声が聞こえる。
「……患者の意識が……!」
「……タナカさん! 聞こ…ま…すか?」
何かが外れていく。
体が、冷たくなっていく。
(俺は……ちゃんと……間に合ったか……?)
最後に思い浮かんだのは、健太郎の笑顔だった。
そして――意識は、途切れた。
(続く) 次回 土曜更新予定
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